「人生に起きるすべてのことを細かく観察したい」中国ネット世代のアーティスト

AKIRA』『ドラゴンボール』『ドラえもん』......子どものころ、僕らの心をアツくさせた漫画やアニメが、海の向こうに住むアジアの子どもたちの心にも火をつけていた。今や日本人だけのものではなくなった、ジャパニーズ・ポップカルチャー。その影響を受けて育った、アジアの才能豊かなクリエーターたちを紹介します。

第19回
アーティスト
Wen Ling(ウェン・リン/温凌)

 Wen Lingは、ちょっと変わり種だ。児童書の挿し絵画家の父を持ち、"中国の芸大"である北京の中央美術学院でクラシックな絵画技法を学んだアートエリート。でも最初の仕事は京華時報という新聞のフォト・ジャーナリスト。採用されたきっかけは、アメリカの人気フォト・ブログ・サイトに触発されて作った自分のフォト・ブログだという。

以前このコーナーに登場した"中国のガロ系"漫画家、ヤン・コンと、今年の7月に北京の798にあるギャラリーで二人展を開いた。そのときに出版した初のコミック『54boy』(ウェンの漫画家としてのペンネームでもある)は、父親が病気で亡くなるまでの自分と家族の生活を淡々と描いたものだ。

 その筆致は、シンプル&シュール。しかしその実、登場する人やモノのリアルさ、生々しさに驚かされる。コンビニのおにぎり、KFCのファミリ−パック、公共のゴミ箱、町中に始終たむろっている(?)公安、そしてスマートフォンやPCで常に行われるSMSやネットサーフィン。

  <画像をクリックすると拡大します>「長安街」(c)Wen Ling
「中国では、僕らみたいな若者は、情報はほとんどインターネットで手に入れています。日本のテレビ番組や映画、コミックやバンドのPVも、いつでも見ることができますよ。僕が影響を受けたものはすべて、インターネットで見たもの。というか、逆にインターネットでしか見てないとも言えるけど」

 テレビドラマの『GTO』が大好きだったというウェン。

「中国版YouTubeの土豆網(http://www.tudou.com/)や優酷網(http://www.youku.com/)などで、何でもダウンロードできます。今ハマっているのは『勇者ヨシヒコと魔王の城』です」

 「あと日本のもので好きなのは、『MEN'S NON-NO』にセブンーイレブン。え? セブンーイレブンはもともとアメリカのコンビニ? 知らなかった。かわいくて、これぞ"ジャパニーズカルチャー"って感じなのに!」

 フォト・ブログにしても、漫画にしても、ウェンは、ごく普通の日常をそこにぼんとさらけ出すだけ。なのに、受け取った瞬間に感じるずっしりとした手応えと、なかなか消化されない感じ。それは、彼の作品に収納された膨大な"彼自身の"リアリティーゆえなのかもしれない。

ドラえもん 1』(小学館
「人生で起きる、経験するすべてのことを細かく観察したいんです。例えば、病気で充血してしまった父の両目、車を運転しながら感じたこと、見慣れた街路樹の枝の模様、新しく買ったアンドロイド3Gでネットサーフしたときの感覚、常に無数のカメラや警官や公安の監視の下にある北京の生活、長安街(北京のメインストリート)で、警官に呼び止められIDカード(をちゃんと携帯しているかどうか)をチェックされたこと、亡くなっていく父を看取る感情......こうした感覚をコミックで表すときに、僕はいつも『写しとりたい』と願うんです。例えば携帯のブランドまでも、まるでメーンキャラクターであるかのように写実したい、と」

 そんな彼のコミック作品に強い影響を与えたのは、『ドラゴンボール』と『ドラえもん』。

「だって、すごくかわいいでしょう」。

 今、ウェンは、バンドを作りたいと思っている。好きなのは日本のポスト・ロックバンドのMONO。これもインターネットで見つけた。

「今、ポスト・ロックがマイブームなので。自分では楽器は弾けないんですが、バンドは僕の夢です」

 それと映画。

「自分のコミックをベースにした映画を作りたい」

ウェンのバンドにも興味はあるが、映画は是非とも近い将来に実現してもらいたい。彼独自の写実主義に貫かれた、極めてシュールなものになるに違いない。